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2004年12月30日

●チュニジアン・ドア

tunisrd.gifチュニスのメインストリートであるブルギバ通りに面する「カフェ・ド・パリ 」でミントティーを飲みながら、カルタゴを想う。
紀元前九世紀にフェニキア人の植民市として建国され、紀元前二世紀にわたって 古代世界の商人の帝国として最も繁栄していた「地中海の不沈母艦」といわれ たカルタゴ(現チュニス近郊)。 優れた海洋技術を駆使し貿易によって繁栄を極めた後、3回のポエニ戦争によ ってローマ帝国によって徹底的に滅ぼされたカルタゴ。
物財中心の繁栄、傭兵による防衛、文化的創造は後回し、周辺国との協調なし,・・・・まるで今の日本とダブってくるカルタゴ。
ローマ元老院の老カトオは常に演説の最後にこの言葉で締めくくったという。

「デレンダ・エスト・カルターゴ」(カルタゴを滅ぼさねば」

tunisia55.gifカルタゴ以来多くの民族の影響を受け、独自の文化を創り上げたチュニジア。
わずか1週間の短い滞在であったが心に多くのことが刻み込まれた国であった 。
色鮮やかなブルーのドア。チュニスから市街電車で30分のシティブサイドは チュウニジアンドアの宝庫。地中海の青い空に溶け込む鮮やかさだ。  カフェテラスでくつろぐひと時が何とも言えない・・・・。
「イン・シャー・アッラー(アッラーの思し召しのままに)」 が挨拶の国チュニジア。再び訪れたい国である。

※推薦図書:「チュニジア旅の記憶」高田京子著(彩流社刊)

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