2016年03月26日

●池上一郎博士文庫感謝状受賞

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台湾南部屏東県竹田郷にある「池上一郎博士文庫」は、2016年3月23日公益財団法人交流協会高雄事務所より感謝状が贈呈されました。長年にわたる日本書籍文庫を通した日台の相互理解、友好親善、日本文化の紹介等の活動を行ってきたことに対し高雄事務所長から贈られたものです。贈呈式は3月23日高雄漢来大飯店において行われ、日頃の運営管理にご尽力されてきた代表の劉耀祖氏、館長の曾貴珍女史、張達銘氏、王陽宗氏、張海華氏、周俊男氏、張月環女史の方々が参加されました。

文庫は、2001年1月16日に設立されたもので、今年15年を迎えました。池上一郎氏(1911-2001年)は、日本統治下竹田村の病院に勤務、戦後は日本において台湾からの留学生を支援するとともに、第二のふるさとである竹田に書籍や奨学金寄付を行いました。地域住民からは大変尊敬され、文庫は台湾政府文建会によって竹田駅公園として整備されるなか現在文庫代表である劉耀祖氏と多くの方の協力のもとに設立されたものです。
文庫には、池上一郎氏をはじめ日本国内、台湾在住の日本人及び地方有志から寄贈された一万冊を超える書籍を所蔵し、”亜細亜最南端の日文図書館”として竹田郷民を中心に多くの方に愛読されています。
今後も日本語を学ぶ多くの若者に活用してほしい施設です。

池上一郎博士文庫紹介ホームページ


台湾協会報・第739号(2016.4.15)

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2016年02月17日

●台湾台東に鹿野神社復活

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台湾南部の台東近くの鹿野に、84年前の神社、「鹿野神社」が復活しました。
日本占領時代、日本の新潟県や長野県の人たちがここに移り住みサトウキビの栽培に携わったところで、ここに住む日本の人たちのお祭りや婚礼が行われていたそうです。しかし戦後は解体されて基礎部分が残るのみとなっていました。

鹿野駅からバスで行かれますが、一時間に一本程度しかなく歩いた方が早いこともあるかもしれません。台湾好行のバスも台東からのルートでありますが一日五、六本程度しかありません。駅前には200元で行ってくれるタクシーもあります。

鹿野駅正面の道を少し行くとバス通りがありますので左に曲がって緩やかな上り坂大通りを20分程度道なりに歩くと、「阿度の店(貸し自転車店)」があります。その先5分くらいのところにある「崙慈堂 ( lun ci tang)」の裏手に鹿野神社はあります。
時間に余裕があれば自転車を借りて周辺を散策してもいいかもしれません。

鹿野神社 鹿野郷光栄路308号

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2015年06月18日

●予告: 池上一郎博士文庫15周年慶

池上一郎博士文庫が開設され15年。
節目の15周年慶の集まりが2016年1月16日に行われます。
ぜひ多くの方がご参加いただけるようお願いします。

また、今後の文庫が台湾の若い方の財産になっていけば池上一郎博士もお喜びになられるはず。
若い方のご参加も期待したいです。

参考サイト: 池上一郎文庫と竹田驛

             

2012年11月10日

●高砂義勇隊慰霊碑

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「高砂義勇隊慰霊碑」は1992年建立され本ブログでも記したが、その後、台湾の国会議員で問題ばかり起こし、靖国神社で毎年暴れてる下品な高金素梅により撤去されてしまった。
しかし、最近になって新たな場所に設置された。
烏来中心街から歩いて一時間弱の瀑布公園内「主題記念区」。
現在(2012年10月)は、トロッコ列車は無期限運行停止中だが、トロッコ列車に乗れば20分以上は時間短縮となる。
晴れた日であれば素敵なハイキングにもなるところ。
ぜひ多くの方に訪れてほしいところだ。

             

2012年10月30日

●台湾で神様になった日本人

台南・鎮安堂飛虎将軍廟  杉浦茂峰少尉


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台南駅正面出口からロータリー右正面から「3番バス」で25分(20-30分毎)。台南市街からは文賢路、海佃路一段、海佃路二段(17甲号線)を北上する。市街中心地から8kmほどのところにある「同安路口」で下車し、同安路を400mほどいったところの大安街との交差点の北西角(左手奥側)が「飛虎将軍鎮安堂」。




          ◇           ◇






屏東縣枋寮・東龍宮   田中綱常将軍


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南廻線枋寮駅下車、徒歩10分(橋徳国小前)
駅前すぐの僑徳路を左方向へ道なりに10分。




          ◇           ◇ 




嘉義縣東石鄉副瀨村・ 富安宮   義愛公(森川清次郎)


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高鐵嘉義駅前一般バス停留所から朴子行きバスで15分朴子のりかえ(台鐵嘉義駅からは20分毎にあり)。朴子から港乾暦(港だけ日本字ですがあと2字は似たような字)行きのバスで15分の「副瀬」下車。徒歩3分。




※公共交通機関の詳細をお知りになりたいかたはこちらからどうぞ





             

2012年01月20日

●池上一郎博士文庫11周年慶

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今年も池上一郎博士文庫周年慶が1月15日行われた。
11周年である。
前日総統選挙等が行われたこともあり、参加者の多くは蔡英文氏敗退を悔しがっていたのが印象的。
例年に比べやや参加者が少ない。
高齢の参加者が多いが、皆さんとってもお元気。一年ぶりの再会をそれぞれ祝しあった三時間だった。

来年は1月12日(土)の予定

             

2011年05月23日

●交流記念碑 建立への想い

台湾、基隆にある小さな島、和平島。
その一角にある慰霊堂には約三千人の琉球ウミンチュ(海人)が大切に埋骨されていると言われている。今この時も、海の守り神と共に祭られ、地元ボランティアの皆様が、献花や焼香、施設の清掃などの管理を続けている。
そんな過去の日本と台湾の民間交流のシンボル「琉球ウミンチュの像(交流記念碑)」を台湾・基隆の和平島につくろうと日台民間協力で進められている。

日清戦争が終結した1895年以降、台湾で日本統治が始まると基隆港の建設や漁業のため沖縄から多くの漁師が移住した。各地に沖縄人集落がつくられ、最大規模で500~600人に達し、地元の漁師にカジキ漁の技術などを伝えたといわれている

発起人のひとりであり友人である許光輝氏は八田與一記念公園開園、八田技師が造った烏山頭水庫の世界遺産登録推進に努力されている。
日本側発起人は沖縄で国際ビジネス会社を経営している石原地江(くにえ)氏
八田記念館開園イベントでお会いしたがアクティブで素敵な方だ、

今年9月完工を目指して建立寄付金の募集を行っている。

多くの方の支援をお願いします。

[趣意書より引用]
なぜこれほどまでに琉球(沖縄)が地元の人々に愛され続けているのか。時代は百年以上も昔、1895年にさかのぼります。
日清戦争の処理として、清国は台湾と周辺諸島を日本へ譲渡しました。
1905年ごろからウミンチュは台湾に渡り、やがて和平島の西南地区に「琉球村」を作ります。その後は沖縄県旧知念村久高島出身の内間長三氏を中心に、当時の先端漁法技術を導入し、基隆海域で漁業を営みました。
1921年ごろになると和平島のウミンチュは500名に達し、地元の長老は当時の様子を「沖縄漁師のお蔭で基隆は栄え、私たちはお互いによい友情関係を保っていた。沖縄漁師の二世と僕らは、兄弟みたいな関係だったよ。」と懐かしげに語ります。
台湾と沖縄の友好関係は、ウミンチュの力によって浸透したと言っても過言ではありません。

雄大な希望と共に大海原を渡り、国際交流のパイオニアとしての気概を持ったウミンチュを称え、互いの歴史文化の接点、共有点としたいのです。お互いが記念像を囲んで経済・文化・学術の交流をすることによって、双方の関係がますます輝かしい発展を遂げると、私たちは信じているのです。

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11月に完成、堂々と和平島に鎮座している。
2012年1月許光輝氏と共に訪れた。(写真は許氏)


慰霊堂は和平島の西南で、入り口の右側。駅から和平島へ行くバスは「101番」(15元)
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2011年05月15日

●八田與一記念公園オープン・逝世69年墓前祭

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八田與一記念公園オープン・逝世69年墓前祭が5月8日行われた。一昨年の墓前祭時に八田技師たちの家屋再現が発表され、今年開園に至った。
烏山頭水庫前から八田與一記念公園前の道路には「八田路」の標識が立っていた。
これまでは珊瑚路だったが、八田技師の功績を後世に残す趣旨のもとに道路名が「八田路」と改まった。
海外で日本人の名前が道路に残されたのはトルコの東郷平八郎の名前をとった「トーゴー通り」以来ではないだろうか。

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公園オープニング式典には台湾総統をはじめ日本からも国会議員、石川県から約300名、一般参加者も日本人100名、台湾人1000名が参加。盛り上がった式典だった。

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ダム工事中八田與一一家が住んでいた官舎も復元された。
午後は毎年恒例の墓前祭が水庫脇で行われた。

台湾100年にあたる今年は八田與一技師の業績を称えてのバレー公演も全土で行われている。さらにTVドラマの製作も発表され実現に向けた準備も進められている。
日本ではずっと埋もれていた八田技師の功績が高く評価されて日本人に知ってもらえるようになったことは嬉しいものだ。

ぜひ、台湾を訪れた際は行ってほしいところだ。

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