2007年01月07日

●七草粥

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せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろ・・・春の七種だ。

この七種の野菜を刻んで入れた七種粥()は、邪気を払い万病を除く占いとして平安時代から食べたそうだ。さらに御節料理で疲れた胃を休め、野菜が乏しい冬場に不足しがちな栄養素を補うという効能もある。
実に理にかなった食の文化だ。

正月最初の子(ね)の日に野原に出て若菜を摘む風習があったらしい。
『枕草子』にも、「七日の若菜を人の六日にもて騒ぎ……」とある。


             

2007年01月01日

●おせち料理

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黒豆、かまぼこ、紅白なます、田作り、栗きんとん … 、日本の伝統食「」だ。
おせち料理は、江戸の粋やユーモアを凝縮した庶民文化から開花したものだが、宮中のしきたりが民間に広まったもの。

おせち料理として用意されるものにはそれぞれ意味がある。
黒豆は、「まめ(健康)に暮らせるように」、数の子は「子孫繁栄」、田作りは「豊年豊作祈願」、昆布は「よろこぶ」。
錦たまご(ニシキタマゴ)には、卵の白味と黄味をわけて、ニ色でつくった料理の二色(ニシキ)とおめでたく豪華な錦との語呂合わせからきているそうだ。
紅白かまぼこは江戸時代に祝儀用としてかかせないものになりおめでたい彩りから、栗金団(クリキントンの「金団」とは黄金の団子という意味であり見た目の“黄金”の色合いが豪華に見える様子から、それぞれおせちの定番になった。

家族や親戚でワイワイと語り合いながら、みんなで食べるのが、おせち料理の本来の形だ。

我が家のおせちはシンプルだが、新たな年を祝う心、家族の息災や繁栄を祈る心を込めながら食している。

             

2006年07月09日

●懐石料理

wasyoku0.jpg懐石料理とは、禅寺の古い習慣である懐石にその名を由来する。

本来は、茶の湯において茶会の際、会の主催者である亭主が来客をもてなす料理をいうそうだ。
懐石料理を弁当にしたものを点心という。

もっとも、現代では本来の懐石の意味は廃れ、和食コース料理を指すといった実利的な意味に変化している。

和食といえば、精進料理 、本膳料理 、会席料理 、懐石料理 、郷土料理 に大別されるが、どの料理も器に凝っている。
料理の器というと、利休時代には全てが黒漆塗りであったが、織部焼などの国産陶磁器の発達によって多彩な器が用いられるようになった。

現在では懐石料理に用いる器は陶器、磁器、漆器、白木、ガラス器などがある。
どれも料理との調和を考慮した組み合わせで振舞われるのがいい。

器の美しさと食の彩り、形を見ながら味わうのが和食の楽しいところである。


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2006年04月14日

●和三盆

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「和三盆」は、主に香川県や徳島県などの四国東部で江戸時代から伝統的に生産されている砂糖の一種であり、竹糖という種類のサトウキビからつくられ、全国の和菓子や郷土菓子の発展に大いなる貢献を果たした。
その風味は独特なものがあり、その舌触りのよさと、程よい甘み、口ほどけのよさは京の「打ち物」には欠かせないものとなている。

「盆の上で三回研ぐ」ことからついた名前とされるが、現在では昔より白い砂糖が好まれているため4~5回は研ぐそうだ。

銘菓を探ると、和三盆に出会う・・・
それほど和三盆は、純日本製の主原料として重宝がられているようだ。

             

2005年12月25日

●納豆

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代表的日本の食文化のひとつに「納豆」がある。米のあとを追うように、大豆が縄文時代の終わりごろに、中国大陸から渡来してきたようだ。最近は衛生法の関係でなかなか見られなくなってきたが、やっぱりワラに包まれた納豆が一番。
日本の稲ワラ1本には、ほぼ1,000万個の納豆菌が、胞子の状態で付着しており、ワラを束ねて「苞」という容器を作り、その中に煮豆を詰めておけば、煮豆からネバネバと糸を引くというものらしい。
「納豆どきの医者知らず」という諺が示すように栄養価は極めて高い食物である。もちろんブログオーナーも大好きである。
(写真は友人にいただいた水戸の天狗納豆